「ドライブ・マイ・カー」鑑賞
2022.4.5
濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」が話題になっている。私はアカデミー賞受賞前にMUJIデンマークの主催で行われた映画会で観た。村上春樹の小説を始め、日本関係の映像字幕も手がけるMette Holmさんの解説もあったが、作りが複合的で、チェーホフの戯曲も交差して一度で理解をするのは難しかった。Metteさんとはお友達で、私が村上作品を気にするようになったのは明らかに彼女の影響が大きい。映画鑑賞の翌日、映画の解説ビデオを片っ端から観ていると、アカデミーの授賞式に先立って行われた映画イベントでの監督のインタビュービデオもいくつか上がってきた。その後予想に外れず国際長編映画賞を受賞すると、さらにインタビュー番組が流れたのでそれもほとんど食い入るように観た。
私は濱口さんの受け答えにとにかく魅かれてしまった。彼は全ての質問にとても真摯に自分の考えを述べるのだ。浮き足立つようなそぶりや、適当に流すような回答もせず、全くブレることがない。自分の映画への感想や質問を受けて、初めてこの映画が表現したかったものに気付かされました、などということまで口にしてしまうような正直な人なのである。そしてそれが全て淀みなく口から出てくることからも、格好をつけたような受け答えでないことは見て取れる。常に謙虚、でも確固とした意志があり、唸らせる表現力を持ち合わせている。映画の魅力はこの人の人間性の現れなのだと確信した。
今日は日本記者クラブでの記者会見をNHKニュースのアプリからライブでたまたま全部見ることができた。そして彼はそこで私の心を揺り動かす素晴らしい言葉を放ったのである。受賞のスピーチの話に触れて、「通訳さんが英語にしてくれたお礼の言葉などは予め覚えておいて自分で述べました。本当はその後に日本語で話す内容も考えていて、そこは通訳の方に訳してもらうはずだったのに、『サンキュー』と言ってしまった後は音楽が流れてその先が言えずに終わってしまいました。素晴らしい通訳さんなのに発揮していただく場面がなくなってしまって申し訳なかったんです」と。この通訳に対する思いやりある発言、誰でもできることではない。というか、普通はまずあり得ない。私は仕事柄、通訳さんの仕事ぶりはかなり注目する部分。確かにこの通訳の方、他のインタビュービデオで拝見したが日英訳ともに完璧。ほぼ全てを拾って的確にスピーディーに訳している。通訳は、集中力と頭の回転が命の仕事なのだが、どうしても影武者で、さらにできて当たり前的に過小評価されることがほとんどだろう。だから仕事への理解はもちろん、そこまで通訳への労りをあのような場で口にできる濱口さんと言う人に私はもう決定打を打たれたような気分だった。実際、濱口さんの言葉とは裏腹に、言葉を発することもなく終わった通訳さんは(仕事を忘れ?)笑顔で大拍手しながら彼を讃えていたのも印象的だった。世界が認めた表現者・濱口竜介さんのインタビュー、映画と同じくらいお勧めしたい。