La Glace (ラ・グラース)
コペンハーゲンには1870年創業のLa Glace(ラ・グラース)という有名コンディトライがある。いつも地元の人々やツーリストで行列が絶えないカフェである。現在のオーナーは5代目(一族ではない)のMarianne Stagetorn さん。地元テレビにもよく登場する有名人で、日本のテレビ撮影で私も2度ほどクルーをお連れしたことがある。どうやら私と同じ歳のようなのだが22歳の時にこの伝統店を任されて名声を維持しているのだから尊敬の一言だ。ケーキは20種類以上、マカロン、ペストリー、パンや、この国には珍しいお土産用の缶入りクッキーも買える。トレードマークの緑のエプロンを付けた若いバイトの女の子やベテランスタッフと思われる女性がきびきびとケーキやコーヒーを運んでいる姿はとても絵になる。
いわゆる超高級というほどではないものの、ここでお茶とケーキを頂くことはちょっとした高揚感を味わう。今時の健康志向やビーガンフードなどはお構いなしのクリームたっぷりのコッテコテのケーキはまさに伝統的。ウィーンっぽくもあるのがどこか異国情緒を味わえる。季節ごとに変わるウィンドウや1800年代オープン当時のマーブルのテーブルも素敵だし、何と言ってもやはりどれをとっても美味しい。お店の名物ケーキはその名も「Sportskage (スポーツケーキ)」。1891年に上演された「スポーツマン」というお芝居に因んで名付けられたという。ケーキの土台の生地はマカロン、中心部はクラッシュヌガーと生クリームのミックス、それをてんこ盛りの生クリームでドーム状に固めて表面に飴で固めたミニシューがはめ込んである。まぁはっきり言って全部生クリームという大胆なケーキ。こんな大量のクリームオンリーのケーキ、一体誰が…と思う私の懸念をよそに、エプロンの可愛い子ちゃんたちは何度も出来立てのをキッチンから運んでくる。当然、デン人夫も即決でオーダーしていた。
ところで、このお店が人気店なのには別の理由がある。私は何を隠そう、撮影時にそれを見てしまったのである。1日の始まりは開店前のフロア、キッチンのスタッフ全員の朝の会から始まる。これから怒涛の1日が始まる前のリラックスしつつも準備万端な気合が伝わってくる。そして閉店後、もっと驚く光景を目にした。フロアスタッフ総出による店内の一斉掃除が始まったのである。広い店内の椅子やテーブル、床、そして飲料水用の真鍮の蛇口からなんから全て拭き掃除してピッカピカにして帰っていくではないか!これ毎日!客を迎えるための万全の準備はまさに見えない部分でのおもてなしによるものだった。この国では稀に見るきめ細やかなサービス、そこには150年以上の伝統を伝える誇りと意気込みと真摯な姿勢が固く根付いているのだ。そんな唯一無二のお店に客足が途絶えるわけがないのである。全てが府に落ちた日だった。
ということで、素敵な伝統店を応援するためには多少のカロリーには目をつむり、社会人になった長女に早めの母の日のお祝いにリクエストして久しぶりに訪ねた。なぜかデン人夫もついてきたので「これで父の日はもう何もしなくて良いよね」という長女には「父の日にはまた二人セットでどこかに招待してね」とそつなく母は答えておいた。